2017-03

第七章 雨に煙る街角・後編 続・愛の若草物語

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ジョオの乗る汽車がニューヨークのグランドセントラル駅に着いた時、
ホームに掲げられた時計の針はもう午後3時を過ぎていた。
駅舎は広く、行き交う人々はみな急ぎ足で
やはりニューコードは田舎町であることをジョオは感じた。
そして、相棒のトランクを抱えると彼女もまた足早に歩き始めた。
その表情はもう、この街の人間そのものであった。

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駅舎の壁は天に伸びるように高く、正面に開かれた窓には
古いレースのカーテンがかかっているかのように薄暗かった。
汽車がボストンを出たくらいの頃から、
海風が強く吹き、いつしか運ばれてきた厚い雲が空全体を覆っていたのだった。

待合室には多くの人々が今にも降り出しそうな窓の外を眺めたり、
乗合馬車の到着を待ったりする人々で溢れ、雑然としていた。
ジョオはマフラーを巻き直し、連絡船の発着場の方向へと走り出そうとした。
ちょうどその時、ジョオは後ろから肩を叩かれた。

「…やぁ、ジョオじゃないか!」
振り返るとそこには細身をタイトな深紫のコートで包んだ一人の男が立っていた。
片方の手には革製の薄いトランク、そしてもう一方の手には
取っ手の付いた立方体に近い風変わりな木箱を持っていた。

短めのハットを脱いで見せたその顔を見るとジョオの目が見開いた。
それは彼女にとって意外な人物であった。

「‥やだ!デーヴィッドじゃない!?」

「”やだ”とはご挨拶だな、
一応、親戚同士が何年かぶりに再会したというのに。」
”一応”という所にカを込めて男は言った。
男の名はデーヴィッド・フォレット、あのマーサ叔母の甥であった。
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「ごめんなさい、あまりにも驚いたのでつい。
それにしてもあなた、こんな所でどうしたの?」

「…全く君は相変わらずだな。
これを見ても分からないかい?」
デーヴィッドは呆れ顔でジョオを見下ろすと
手にしていた木箱を差し出して見せた。
四方を黒く塗られたその箱は面を囲むように金色の線が入っていた。

ジョオにはそれがなんだか分からず、
また興味もなかったが高価なものであろうことだけは感じた。

「…なぁに、それ?」

「あのなぁ‥カメラだよ、カメラ!
僕の大事な商売道具なんだぜ。」
そう言えばメグの結婚式の時、家族の写真を撮ってくれたのもこの男だった。

「じゃあ、あなた!」
ジョオが声を上げるとデーヴィッドは鼻で笑うように言った。

「ドンカンな君でもようやく分かったようだね。
僕は今や、この大都会ニューヨークをまたにかけるプロのカメラマンなんだぜ。」
そして、胸ポケットから一枚の紙片を取り出すと
ジョオの鼻っ面に突き出して見せた。
そこにはデーヴィッドの名前と共に雑誌社か何かの名前が印刷してあった。

「まっ、今は事件専門だがね。
そのうち、どの大新聞にも僕の撮った写真が一面を飾る日がやってくるさ。」
彼らしい大層な自信に溢れた物言いだった。
そんなデーヴィッドをジョオは感慨深げに見つめた。

「…なんだよ、その目は。」

「ううん、あなたも成長したなと思って。叔母様も喜ぶわよ、きっと。
ちっとも顔を見せないって心配してたんだから。」
それを聞くとデーヴィッドは今度ははっきり聞こえるように
鼻を鳴らすと意地悪そうに笑って言った。
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「ふん、君は相変わらず叔母さんのご機嫌伺いをしてるのか。
…とすると君の小説とやらも上手く行ってないんだな。」

「そんなことないわ!
今日だってそのことでニューヨークに戻ったんだから。」
ジョオの言葉に彼はちっとも信じていないように続けた。

「…どうだか。
おっと、そう言えば僕の出入りしている雑誌社の編集長が物書きを探していたんだったな。
食えないようなら、紹介してあげても良いんだぜ?」

「おあいにくさま!」
ジョオはかっとなり、毅然として言ってのけた。

「あんたにすがるほど、落ちぶれちゃいないわ!」

しかし、そんな彼女を相手にしないかのように荷物を持ち上げると
デーヴィッドは肩で風を切るようにジョオの前を通り過ぎて言った。
「…やせ我慢は体に悪いぜ、ジョオ。まぁ、運が良ければまた会おう。」

「運が悪かったらでしょ!」
ジョオは去り行くデーヴィッドの後ろ姿に怒鳴った。
デーヴィッドはジョオに見えるように振り向きざまに高笑いすると
駅の雑踏の中に消えて言った。
ジョオは去り行く彼の後姿に向かって思い切り舌を出して見せた。
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その時、駅の窓からのぞく、遥か遠くの雲の裂け目に閃光が走ったのが見えた。
「…こりゃあ、直に大雨だ。」
ジョオのわきを中年の紳士があわてて小走りに走り抜けて行った。
その様子に彼女もまた我に返り、駅の入り口を飛び出した。
ブルックリンへの連絡船の発着場までは駅から少しある。
それまで持ってくれたら良いけど‥。
ジョオはそう思いながら一際暗い雲の垂れ込める海の方に向かって走り出した。

     *     *     *

連絡船が出発を知らせる汽笛を二度鳴らす。
発着場の前を南北に走るウィロー通りと細いウインドミル通りの
交差する場所に小さな書店があった。
通り沿いに大きく開いた窓には「チャールズ書籍販売」の文字が
白いペンキで仰々しく並んでいた。
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突然の雨に、往来の人々はみな急ぎ足で走り過ぎて行く。
古いカウンターの奥に座っていた小柄な老人は
窓越しにその様子を眺めるとパイプの煙混じりのため息を吐いた。
薄暗い店内はもうお昼ぐらいからもう一人の客も入ってなかったのだった。

その時突然、店のドアに取り付けたベルが鳴り、
一人の男が店内に入って来た。

「やぁご主人、とうとう降って来ましたね。」
男は大きな傘を畳みながら入り口に立てかけ、コートの雨を払いながら言った。

「…お陰様で今日はもう店じまいでさァ。」
老人は折角の客にも、さぞつまらなさそうな感じで小さな目を瞬かせながら答えた。

「じゃあ、閉まる前に来ることが出来て幸運だった。」
男は微笑みながら応じた。
「‥ところで約束の本は入りましたか。」

「ええっと…。」
眼鏡をかけ直すと老人は大きな帳面を指で順番に繰っていく。

「…なんとかいうドイツ語の本でしたな。
ああ、これだこれだ。
なんでも船便が遅れたようで、到着まではもう1週間はかかりそうですわい。」

「構いませんよ、ゆっくりと待ちます。
‥少し読んでって構いませんか?」
男は穏やかな笑顔を店主に向けると答えた。

「旦那は上客だ。
今日はもう貸切にするんでゆっくり読んでっておくんなさい。」
老人の言葉に男は本棚を見て回り、2冊程本を手に取ると立ち読みを始めた。
店主もまた黙って帳面を繰ると書き込み始めた。
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表では雨足がいよいよ強くなり始めていた。
風は無かったが雨が石畳を叩く音が単調なリズムで静かな店内に響いていた。

どのくらい経ったろうか、ふいに店主が声を上げた。

「……おや?」
窓の外の軒下にいつの間にか、トランクを抱えた一人の女性が
雨宿りをしていたのである。

「‥どうかしましたか。」
本をカウンターに差し出しながら男が尋ねる。

「あのお嬢さん、今日は軒下を占領するつもりだなァ。」
老人が言う。
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「‥知ってるひとなんですか?」

「知りやしませんや。
でも、よく来てねェ、いつも立ち読みをしていくんですよ。
咳払いしようと何しようと、それこそ何時間でも読んで行くんでさァ。」
老人はいまいましそうに咳込みながら窓の向こうを見ていた。
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「ほう、よっぽど本が好きなんでしょうな…。」
男もまた窓の向こうの後姿を見ながら言った。

「本が好きなら買って行って欲しいもんだが、
一か月に一冊でも買ってくれれば良い方なんですよ。
おかげさんでうちのほとんどの本はあの子にタダで読まれちまった。」

男はしばらくの間、窓の向こうと店主の顔を交互に見ていたが
やがて、笑顔でこう言った。
「…じゃあ、ご主人、
私が一言で軒下から立ち退かせたらどうします?」

老人は小さな目を丸く見開きながら言った。
「そりゃいくら旦那がインテリでも無理だろう。
言って聞くようなお嬢さんなら、うちの本はもっと売れてまさァ。」

すると男は買ったばかりの本を古い鞄にしまい、傘を持って外に出て行った。
そして窓の向こうで雨宿りの女性に一声かけると傘を差し出して見せた。
女性は一瞬、驚いたようだったが素直に傘の中に入った。
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店主があっけに取られてその様子を見ていると
窓越しに男が店主に向かってウインクして見せ、二人はそのまま立ち去って行った。

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「…わしゃア、なんだか魔法をかけられたみたいだ。」
店主はゴシゴシと目を擦ると、またパイプを口にした。
そして肩をすくめてから店じまいのため、今日の少ない売上を数え始めた。

     *     *     *

二人の影が雨の中、イーストリバー沿いの並木道を桟橋に向かって歩いて行く。

「驚いたわ、いつもの本屋からあなたが出てくるなんて!」
本屋の女性はジョオ・マーチその日だった。
彼女は驚きと興奮でまくし立てた。

「全くあなたは魔法使いみたいね!
あの電報も家族や私をどれだけ驚かせたか……ねっ、ベアさん?」

「なかなか、効果的だったようだね。」
ベアと呼ばれたその男は満足げに微笑んだ。

「フリッツ・ベア、
今や人種のるつぼとも呼べるこの大ニューヨークにふさわしいペン・ネームだろう?」

「私も最初、すごく驚いたんだから。
この新聞記事、アンソニーが書いたものじゃなかったのかしらって!」
男-アンソニー・ブーンは悪戯っぽい笑顔を浮かべてうなずいた。

「それにね、今はこのニューヨークでは相当、移民が増えているだろう?
だから変名を持っていることはなにかと都合が良いのさ。」
そこまで言うと、アンソニーはふと足を止め、
ジョオに向き直ると言った。

「おっとそれより仕事の話だった。
以前頼んだ原稿のことは覚えてるだろう。
‥あれ、出来たかい?」

「ええ、もちろん!原稿はもう出来てるのよ。
確か、アンソニーの新聞に掲載を薦めてくれるんでしょ。」
ジョオは待ってましたと言わんばかりにトランクをぽんと叩き、
昨日書き上げたばかりの原稿の束を取り出して見せた。

「‥あれ、言わなかったかな。
依頼が出ているのは”婦人新報”さ。
僕の所ではなく、キングストン兄弟出版の婦人雑誌なんだよ。」

「…えっ!?」
興奮のあまり、ジョオの顔にふっと赤みが差した。
それは婦人雑誌の大手出版社の雑誌だったのである。
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「それ、本当なの!‥信じられない、私…。」
詰め寄ろうとするジョオの肩に手を置き、アンソニーは優しく言った。

「おいおい、もう載った気でいてもらっちゃ困るな。
載るかどうかはこれから決まるんだぜ。」

「…あ、そうか。私ったらつい興奮しちゃって‥。
でも、こんなチャンスが巡って来るなんて。」
彼女は冷静さを取り戻そうとしたがまだ気持ちは高ぶっているようだった。

「それにだ、もし今回掲載が難しかったとしても
君の文章を目に止めてもらえば、これからのことも期待できると思うしね。」
アンソニーはそう言うとウインクして見せた。
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ジョオはカ一杯うなずくと原稿を手渡した。
アンソニーはぱらぱらと頭数ページを見ると鞄の中に原稿を大切に仕舞い込んだ。

桟橋にかかる霧の向こうから汽笛の音が連絡船の到着を知らせた。
「‥おっと、じゃあ僕はこれで。
作家が穴を開けたようでね、先方からは今すぐにでも持って来て欲しいって言われていたんだよ。
早速、持って行って見せることとしよう。」

「ありがとうアンソニー、…くれぐれもお願いします。」
ぺこっとお辞儀をするジョオにアンソニーは傘を手渡した。

「…この傘、いいの?」

「次に来る時まで預けておくよ。
吉報を持って来れるといいんだが…じゃあね、ジョオ!」

そこまで言うとアンソニーは少し小降りになってきた雨の中を
連絡船の灯りの見える桟橋の方へと走って行った。
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イーストリバーの向こう、マンハッタンの空のずっと先には
既に朱に染まる空が雲の端にのぞき始めていた。
そして、雲の切れ間からは柔らかい日差しが積み木のようなマンハッタンの摩天楼を照らしている。
ジョオはアンソニーの残した大きな傘を差し、連絡船の出発の汽笛を待ちながらその景色を見つめていた。


<つづく>



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まさかの!

りんさん、石神さん、こんばんは。
公開初日にはもう拝見していたんですが、コメント遅れてしまいました。

まさかのフリッツ・ベア=アンソニー! そう来たか!と思いました。確かに髪の色もアニメでは同じでした!
ということはこの作品設定だと、ナンとジョー先生のベア先生、というのはデミやスタッフィのようなあだ名、と言うことになりますね。

そしてカメラマンとしてそれなりに活躍しているデーヴィッド。ジョオもアニメ本編ほどの犬猿の中ではなく、お約束的に「べ~っ!」とできる関係(?)という描写ですごく読んでいて気持ちいい登場でした。

そしていつもながらりんさんの素晴らしいイラスト!
アンソニーと会って驚き、ドギマギするジョオの表情、デーヴィッドとジョオのからみ、そしてオリキャラの書店のおやじさんの味のあるデザイン!

これからも石神さんの物語、そしてりんさんの素敵なイラスト、本当に楽しみにしています!

ある名作ファンさん
こんにちは、毎日暑いですね~。i-201
30℃以上の気温が続いていますが、体調くずされていませんか?
石神さんのレスは、上の記事にあるのですが、私からの返事はこちらに書かせていただきますね。

いつも感想をいただきありがとうございます。^^
いただくコメントは、本当にはげみになり感謝しています。

>デーヴィッド
若草には嫌な感じの人は少ないですが、その中ではデーヴィッドは、珍しい登場人物。
間抜けな部分も多いので憎めないキャラなのですが、おっしゃる通りジョオとは、馬が合いませんよね~。単刀直入な二人の会話は、結構好きな方なので、そういう場面が描けて良かったです。
デーヴィッドがいるとジョオのお転婆度が増しますし・笑

>おじさん
名劇のだれかとだれかを合わせたようなデザインです(笑
名劇っぽさが出ているといいのですが。i-265

石神さんりんさんこんばんは。

作品を拝見していましたが、感想が遅れ申し訳ない。

今回自分もある名作ファンさん同様フリッツ・ベア=アンソニー
というの驚きましたね。
面白いですが、ベア先生本人はどこに行ったのか(笑

それとジョオとの出会い方もアンソニーらしくてよかったです。
この後どう展開するのか今から楽しみですね。

あと個人的にデーヴィッドの登場も嬉しかったりします(^-^
こういうタイプのキャラがいるとやはり物語にアクセントが出ますから。

りんさんのイラストも各キャラを端的に描いていて素晴らしいです。
次回作楽しみにしていますね~(^-^

ありがとうございます^^*

こんにちは、はぎさん。こちらこそご無沙汰しております。
また読んでくださって、嬉しいです。ありがとうございます。i-179

アンソニーは、どういう登場のさせ方がいいか、前から話し合っていたんですが
考えすぎて、なんだかもったいつけた感じになっちゃっいましたが(笑)
読んでいる途中でアンソニーと気づいていただけるといいなと思いながら
描きました。^^

>デーヴィッド
くせがありますからねー彼は。
彼くらいの濃いキャラがいる方が、会話が弾みますし
画面的にもインパクトがあっていいのではないかと。
デーヴィッド、「愛の若草物語」では、結構嫌なキャラだったので
今回登場させて良かったかなぁと内心心配だったのですが
そういっていただいて、良かったです。i-237
これからも彼はいろいろと活躍してくれそうです。



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