2017-08

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第七章 雨に煙る街角 前編

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=1=

翌朝早くジョオはニューコード駅に一人たたずんでいた。
その日の朝も真冬のように寒く、冷たい空気が見えない氷のように張りつめていた。
ホームにはまだ人影はまばらであり、彼女の見送りもまた無かった。
ジョオは家族の申し出を最後まで断り、駅までの道のりも一人歩いて来たのだった。
時折吹く木枯らしにマフラーでほほを覆い直すと、
ジョオは一番奥のホームで眠るように止まっているボストン行きの汽車へと乗り込んだ。

やがて、笛の音がホームの空気を切り裂くと汽車はゆっくりと線路の上を走り出した。
ジョオは窓辺の席に腰を下ろすと厚い窓ガラス越しに離れ行く故郷を見つめていた。


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少しだけ車窓を開けてみると、その向こうには晴れた空を所々に千切れ雲が浮かび、
遠く流れゆく景色を包むヴェールのようにほの暖かな朝の陽の光が差し込んでいた。
まだ風は冷たかったが爽やかで、時折、煤の臭いが鼻をくすぐっていった。
それはほろ苦い中になんだか少し甘い香りを感じさせた。

客車のどこかから大きな咳払いが聞こえ、ジョオは慌てて窓を閉じた。
そして、ゆっくりと腰を下ろすとトランクから原稿の束を取り出し、
真剣な表情で書き上げたばかりの自分の文章に目を落とした。

昨日の電報はきっとあの話のことだろう。
そう思うとジョオの胸は高鳴った。
しかし、それは決して心地良く弾む音色ではなかった。
チャンスを感じると同時に、それ以上の不安がジョオの心を黒い雲で覆っていた。
夏の夕立のように、心臓の鼓動が激しく雨粒が叩きつけ、ざわめき、
決して落ち着こうとしなかった。

昨夜、出発の決意を家族に語った後、一人部屋に戻った時も同じ気持ちになった。
するとふと緊張の糸が途切れ、ジョオの心に昨夜のことが浮かんだ。
彼女は顔を上げるともう一度、自分を置いて流れゆく故郷の景色を窓越しに振り返った。

     *     *     *

ろうそくは頭の半分程が溶け、その表面にてらてらと光をたたえていた。
何もないメグの部屋はがらんと広く、眠そうにゆっくりと揺れる灯りだけが
部屋中を幻燈のように照らしていた。

久しぶりに寝着に着替えたジョオは古いベッドに腰を下ろすと
髪をすき、ゆっくりと三つ編みを結い始めた。

足元にはすでに出発の準備を済ませたトランクが横たわっていたが、
その中身はこの家に着いた時とほとんど変わらないままだった。

見るとトランクは所々が汚れ、底の角はバターのように擦り切れていた。
初めてこの街を出た私について来た唯一の相棒。

ジョオは飾り気のない彼女の姿を見つめながら、
陽炎のようなろうそくの灯りが眠りに誘うのを待っていた。


その時、ふいに扉にノックの音が鳴った。

「…ジョオ、起きてる?」
それは母・メアリーだった。

「ええ、なんだかちょっと目が冴えてしまって。」
ジョオがそう言うとメアリーは笑顔でうなずいた。

「なんだか私も寝付けなくてね。
それで、カークさんに手紙を書いてきたの。」
メアリーはそう言うと小さな封筒をジョオに差し出した。

「髪を編んでいたのね。」
ジョオが封筒を受け取るとメアリーはベッドの横に腰かけながら言った。
鏡を見ると編んだばかりの三つ編みの房の横に余った髪が一房、垂れていた。

鏡に映ったジョオが苦笑いを見せ、手早く三つ編みを崩す。
「‥もう寝るだけだし、このままでいいか。」

「あら、貸して御覧なさい。」
メアリーはブラシを手に取ると軽くすき、丁寧に編み込み始めた。
その時、なんだか母の香りがジョオの鼻をくすぐったような気がした。

「‥なんだか懐かしい。」
幼い頃、お母さまは必ず眠る前に自分の髪をすき、おさげに結ってくれた。
ジョオは髪を預けながらそんな少女時代の記憶を胸中に手繰っていた。

「あなたはいつも編むのを嫌がったわね。」

メアリーが笑う。
「一時でも早く外に遊びに行きたがって、
ちっとも良い子にしてくれなかったわ。」

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「…そうだったかしら。
私は今も昔もお母さまに編んでもらうのは好きよ。」
ジョオは肩越しにとぼけて見せた。

「‥調子良いこと。」
目の前の鏡を見ると、その向こうに母の笑顔が映っていた。
ジョオはなんだか懐かしいような、少し気恥ずかしいような気持ちで
髪が結い終わるのを待っていた。


「…それにしても、こんなに早く戻るなんて言い出すとは思わなかったわ。」
メアリーが再び口を開いた。

「仕方ないことかもしれないけど、正直もう少しそばにいて欲しかったな。」
母の口調は決して恨みがましい所などなく、その言葉はむしろあたたかかった。
しかし、母の心に触れると急にジョオの心は苦しくなった。

「‥お母さま。」
ジョオは口を開いた。

「私、来年までに自分の本を作ることができなかったら
小説家をあきらめてニューコードに帰ります。」

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背中越しに母の手が止まる。
「‥本気なの、ジョオ。」

ジョオは短くうなずいた。
「叔母様に言われちゃったの。
この一年で結果を残せなければもうあきらめろ!…ってね。

結果の見えない小説家気取りをいつまでも続けるより、
ここに戻って来てすぐに結婚しろって言ってたわ。」
ジョオは心配かけまいとしてか、努めて明るい口調で続けた。

「でもね、お母さま、
私、叔母さまに言われたから言っているんじゃないのよ。

…本当は何年も前からずっと自分でも考えていたの。
いつまでもこのままでいてはいけないって。
だから、良い機会だって思ってるんです。」

ジョオがそこまで言うとメアリーは再びゆっくりと手を動かし始めた。

「…叔母様らしいわね。」
肩越しに聞こえるその声は変わらぬあたたかさがあった。

「あなたが決めたのなら私は何も言いません。
でもね、ジョオ、あなたも叔母様も一つ考え違いをしているわ。」

「えっ?」
ジョオが声を上げると、メアリーは耳のそばに口を近づけて言った。

「お相手も決まってないのにすぐ結婚はできません。」

「…あっ!」
ジョオは思ってもいなかったと言うように目を丸くしながら
メアリーを振り返った。

そして、なんだか緊張が解けたかのように吹き出すと
ジョオはメアリーと共に笑い合うのだった。

彼女の背中ではきれいに整った、出来たばかりの三つ編みのおさげ髪が
共に笑うようにジョオの背中で揺れていた。

「ねぇ、ジョオ憶えている?」
メアリーは笑い涙をぬぐうような仕草を見せながら言った。

「あなたは子供の頃、私が髪を編み終わるや否や飛び出して行って
いつも夕方遅くまで外を跳び回っていたわよね。

初めてニューヨークに旅立っていったあの日もそう、
まるでそこに落ち着くことが最初から決まっているかのようだったわ。」

ジョオは黙って母の背中を見つめていた。
母はまるで自分の心に語っているように淡々と続けた。

「ジョオ、あなたは若い頃のお父様にそっくり…、
あの人もいつだって自分の信じる道をまっすぐに進んでいたわ。
あなたはその人の心を誰よりも多く受け継いだのよ。

でも、今のあなたは少し…ほんの少しだけそれを失っているように見えるわ。」
そこまで言うと再びメアリーはベッドのジョオの横に身を寄せるように座った。
その時、外で強く風が吹きつけ、部屋の窓ガラスが音を立て響いた。


「‥もう大分寒くなったわね。
この辺りは渡り鳥の鳩たちももうすっかり旅立ってしまったわ。」
メアリーはしわの増えた手でジョオの両手を握った。
その手は娘を思う愛情に満ち溢れ一際、あたたかくジョオには感じられた。

「‥ねぇ、ジョオ。
鳩たちは帰ることを考えながら遠い海を渡りはしないわ、そうでしょう。

だから、あなたも戻る場所のことなど考えず、精一杯羽ばたいていらっしゃい。」
そこまで言うとメアリーはもう一度優しく微笑みかけた。

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「…もちろん、あなたがこの家に戻ってくれたら…私は嬉しいわ。
でも、それはお母さんのわがままね。」
メアリーはまたおどけるようにして笑った。
その笑顔はまるでジョオの背中を押してくれるような優しさに強さに満ちているように
ジョオには感じられた。

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「‥ありがとう、お母さま。」
ジョオは母の手を握り返した。
メアリーもそれに応えるようにうなずいた。
ろうそくの灯りは二人を見守るようにあたたかく包み、白い壁にその影を優しく映し出していた。

     *     *     *

遥か遠くを汽笛が響くのが聞こえる。

「もうニューヨークに着いた頃かしら。」
ベスが何とはなしに口を開いた。

「…あら、出たのは朝なんでしょう。
午後にならないと着かないのと違う?」
朝のうちに叔母の家から戻って来ていたエイミーは
冷め始めたお茶をスプーンで混ぜながら独り言を言うように返した。

「それにしてもジョオったら、よっぽど叔母様に言われたことが答えたのね。
こんなに急ぎ足で帰るなんて…。」

「…えっ、なぁに?」
ぱたぱたと家事に追われていたベスは
ようやくリビングの椅子に腰かけると妹に返した。

「ううん、なんでもないわ、
プレゼント渡しそびれたなぁって言っただけ。」
エイミーは窓の向こうに目を移すとまたつぶやくようにして言った。

「あら、あんたみんなの前では買って来なかったって言ってたのに。」
ベスがいたずらそうな瞳でエイミーのすまし顔をのぞき込む。

「…あ、あの時はあの時よ、ああ言った方が面白いでしょ。」
エイミーがごまかすように言う。
ベスは妹のそんな仕草を微笑みを浮かべながら見つめていた。

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昔からのエイミーのくせ。
いつも肝心な所でちょっぴり素直じゃない所を見せる。

「ねぇ、何を買って来たの?」
身を乗り出して聞く年の近い姉の言葉にエイミーは自分の寝室から
不釣り合いに大きなリボンを付けた小さな包みを持って戻って来た。
そして、それをうやうやしく掲げると言った。

「ジョオは一流の小説家を目指すんだから道具も良い物を使うべきなの。
どうせ、服と同じできっと安いものを使ってるんだろうから、
ロンドンでも一番高級なインクを買って来たのよ。」
鼻高々にして語るエイミーの仕草はなんだかまるで子供の頃、そのままだった。
エイミーはベスが笑っていることに気付き、
ぐいっと彼女の手に小包をねじ込むと腕を組んで言った。

「私は次会えるのがいつになるか分からないから、
これはベスから渡してね!」
ベスは手の中に揺れるリボンに目を落とした。
恐らく買った後でエイミーが付けたのだろう。

「分かったわ、必ず渡しておく。」
ベスは笑顔でうなずいた。
そして、窓の向こうに広がる空に目を移すと言った。
「‥でも、ほんとね。」

「何が?」
もうすっかり冷たくなったお茶を飲み干すと
エイミーが返す。

「次に会うことの出来る日、いつになるのかしら。」
窓の外では家のすぐ近くを小鳥が一羽、帰路を急ぐかのように飛んで行く。
それは間近に迫る冬の訪れを感じさせた。

「ねぇ、それってジョオの本が出来た時なんじゃない?」
ふいにエイミーが言った。
ベスはその言葉に我に返るとエイミーを振り返った。

「そうね!きっとそうだわ。」

その時、台所からハンナの呼ぶ声が聞こえた。
「ベスさん、エイミーさん、スコーンが焼けましたよ。」

気付けばもうお昼近くになっていた。
二人は椅子から跳ね上がると少女の頃のそのままに台所に吸い込まれて行った。

ほんの少し開いた窓の隙間から、秋の風が舞い込む。
陽の光を割りながらカーテンがさらさらと柔らかな音を立てている。
それはずっと若草の頃から続く、変わらないこの家の肖像だった。

そして、二人の消えたリビングにもう一度、かすかな汽笛の音色が響いた。

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<つづく>




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● COMMENT ●

久々の新作!素敵でした!

りんさん、石神さん、本当にお久しぶりです!
新作をずっと心待ちにしていたので、本当にうれしいです。

もし今度も小説が採用されなかったら、戻ると告げるジョオ。そんなジョオの中にあるかすかな迷いを悟り、優しく背中を押すメアリーの姿が本当に理想のお母さんでした!

「~のと違う?」と言うエイミー独特の言い回しなど、細かいところまで若草の世界が再現されているのもいいですね。
そして回想シーンのジョオ、「早く行きたいのにい~」というジョオの表情が本当に素敵です!
りんさんの挿絵は本当に近藤さんにそっくりで、あの雰囲気がありありと伝わってくるのが本当に素晴らしいです。

またメールにもお返事して、そしてまたお絵かき掲示板にもお邪魔したいなあと思っています!
これからも石神さん、りんさんの素敵な「続・愛の若草物語」を、そして本当に素敵なイラストを心より楽しみにしています!

ありがとうございます^^*

ある名作ファンさん、コメントありがとうございます!
長い間更新できなくてごめんなさい。でも待っていてくださって
嬉しいです。ありがとうございますi-262
ジョオとメアリーのやり取り、今回も出来上がるまで大変でした。^^;;
二人で何度も話し合いをし、なんとかかたちになったのですが。

未来に明るい希望を抱いていたあの15のジョオも好きなのですが
ここでのお話は、友の別れと挫折を経験し戸惑いと迷いの中にいるジョオなので、
いろいろと感傷的な場面が続きますが、そんなジョオがニューヨークへ戻りどんなふうに変わっていくのかを楽しんでいただけたら…と。思っています。


>「~のと違う?」
あは、ありがとうございます(笑 あのエイミー特有の言葉、なんか可愛いですね。

>早く行きたいのにい
子供ジョオ描いていて楽しかったです。(笑
私の絵なんぞ、近藤さんと並べるような代物ではありませんが、近藤さんのラフ絵にある暖かな感じが好きなので、そういうところをほんの少しでも表現してみたいものですね。


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